「何かあったら言ってね」

こういう上司、いますよね。
ちゃんとしている。感情的にもならない。話も通じる。
一見、かなりいい上司に見える。

でも、その人のところにいる部下ほど、案外、本音を言わない。

面白いですよね。
怒鳴るわけでもない。詰めるわけでもない。
なのに、みんな妙に言葉を選ぶ。
会議でも無難なことしか言わない。
あとで喫煙所とか帰り道では色々出るのに、本人の前では急に薄くなる。

あれ、怖いからじゃないんです。
もっと厄介で、もっと見えにくい理由です。

正しいんですよ、その上司。
正しすぎる。

たとえば部下が、少し言いにくそうに
「最近ちょっとやりづらくて」
と言ったとする。

すると返ってくる。
「何がやりづらいの?」
「誰とのこと?」
「そこ、感情で見ない方がいいよ」
「目的に戻ろうか」

全部まともなんです。
おかしいことは一つも言っていない。
だから余計に、部下は黙る。

まだ言葉になってないんですよ。
本人だって何が引っかかっているのか、うまく説明できない。
ただ、何かが変だなと思っているだけ。
でも、その“まだ形になっていない違和感”を出した瞬間に、
話が整理され始める。
論点を求められる。
結論のある話に変えられる。

そうなると、人はもう出さなくなる。

本音って、きれいな状態で出てくるものじゃないんです。
もっと雑です。
もっと曖昧。
自分でもよく分かっていないし、言いながら気づくことの方が多い。

なのに、最初から完成品みたいな話し方を求められると、そりゃ閉じます。

上司からしたら、悪気なんてない。
むしろちゃんと向き合っているつもりです。
曖昧な話を曖昧なままにしない。感情論に流されない。建設的に話す。
管理職としては、むしろ優秀に見える。

でも、部下からするとちょっと違う。
この人の前では、うまく言えないものは持っていけない。
そういう空気になる。

で、その結果どうなるか。

問題は大きくなってからしか上がってこない。
もう我慢の限界です、になってからしか言わない。
退職の話になって初めて、「実は前からしんどかったです」と出てくる。

上司はそこで驚くんです。
「なんで早く言ってくれなかったの?」って。

いや、言えなかったんですよね。
正確に言うと、言っても処理される感じがした。

これ、かなり多いです。

上司って、答えを出す役になりやすいんです。
何か問題が見えたら、整理したくなる。
混乱している話を聞いたら、順番をつけたくなる。
気持ちが先に出てきたら、まず落ち着かせたくなる。

分かるんです。
仕事としては、そういう場面も多いから。

でも、人の本音が出る入り口って、そんなに理性的じゃない。
もっと手前なんです。
うまく言えない、でも何かおかしい。
たぶんこのままだとまずい。
でも、自分でもまだ説明できない。
本音って、だいたいそこから始まる。

そのときに必要なのは、正しい返事じゃない。
受け止められる感じです。

「そっか」
たったこれだけでいい場面、結構あるんですよね。

「そっか、やりづらいんだ」
「何か引っかかってるんだね」
「まだまとまってなくて大丈夫だよ」

その一呼吸があるだけで、人はもう少し先を話せる。
逆にそこがないと、全部“報告書っぽい会話”になる。

こういう上司のもとでは、1on1を何回やっても深い話になりません。
やってるんですよ、形式は。
時間も取ってる。
「最近どう?」とも聞いてる。
でも、返ってくるのは
「大丈夫です」
「特にないです」
「順調です」
このへん。

当たり前なんです。
部下もバカじゃない。
この場では、整った答えを出すのが正解だと分かってるから。

怖い上司の下では、人は萎縮する。
でも、正しい上司の下では、人は編集するんです。
ここがまた厄介なんですよね。
萎縮は見えるけど、編集は見えにくい。

本人も「ちゃんと話を聞いているのに、なんで本音が出てこないんだろう」となる。
でも原因は、聞く姿勢がないことじゃない。
正しさが早すぎることです。

経営でも同じです。

社長が優秀で、判断も早くて、頭も切れる。
言っていることもその通り。
でも、幹部が妙に無難になる会社ってある。
誰も変なことを言わない。
嫌な予感ほど上がってこない。
事故になってから「実は前から少し気になっていて」と始まる。

これも、別にトップが暴君だからじゃない。
もう答えのある場になっているからです。
この人の前では、半端なものは出しづらい。
そうなると、現場の温度が上に届かなくなる。

組織って、ここから鈍くなります。

きれいな報告ばかり上がってくる会社。
一見、平和です。
でも本当は、かなり危ない。
未整理の違和感が届かないということは、
初期の火種を拾えていないということだから。

上司に必要なのは、いつも正しいことを言う力じゃないんです。
まだ何者でもない違和感を、雑に潰さないことなんです。

ここを勘違いすると、部下はどんどん“正解を答える人”になります。
本音を言う人じゃなくて。
そうなると、関係もチームも、急に薄くなる。

別に、甘くしろという話じゃないんです。
基準は必要です。
ぬるいだけの上司に、人はついていかない。

でも、基準を出す前に、人の声をそのまま置けるか。
そこがないと、結局は何を言っても管理になる。
育成の顔をした管理。対話の顔をした整理。
それだと、人は心を開かない。

本音を言える相手って、正しい人じゃないんですよ。
ちゃんと雑に扱わない人なんです。

職場で本音が出ないとき、原因は威圧よりむしろ、
「正しいことしか置けない空気」だったりしませんか?

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。