「これ、現場にそのまま言ったら荒れますよ」

会議が終わったあと、管理職の一人がぽつりと言った。

社長は少し驚いた顔をする。
別に無茶を言ったつもりはない。
会社のために必要な話をしただけだった。

もっと数字を見てほしい。
もっとお客様の方を向いてほしい。
もっと自分で考えて動いてほしい。

社長からすれば、どれも本音です。
会社を前に進めたい。
社員に成長してほしい。
現場がもっと強くなれば、できることも増える。

でも、現場には現場の受け取り方があります。
「また仕事が増えるのか」
「今でも手一杯なのに」
「結局、現場に頑張れってことですよね」

上の想いは、正しいだけでは届きません。

強すぎると、現場は責められたように感じる。
大きすぎると、何から動けばいいか分からない。
抽象的すぎると、ただのスローガンになる。

だから、間に入る人が必要です。

たとえば社長が、
「もっとお客様の方を向いてほしい」
と言ったとします。

そのまま現場に伝えると、少しふわっとします。

お客様の方を向くって、どういうことなのか。
クレーム対応を丁寧にすることなのか。
返信を早くすることなのか。
提案の質を上げることなのか。

受け取り方が人によって変わります。

でも、間に立つ人がこう言ったらどうでしょう。

「今回の話は、全部を丁寧にしろということではなくて、
初回返信の遅れでお客様を不安にさせないようにしよう、
ということだと思います」

これなら現場は動けます。

また、社長が
「もっと数字を見てほしい」
と言ったとします。

現場は少し身構えるかもしれません。
数字で詰められるのか。
売上だけを見られるのか。
頑張っていることは見てもらえないのか。

そこで、誰かが言葉を整える。

「数字を見るのは責めるためではなく、
どこで仕事が止まっているかを早く見つけるためです。
今月は売上より、商談化率の落ち方を見たいです」

こうなると、数字は少し怖いものではなくなります。

会社を動かす人は、上の言葉をただ運びません。
現場の反応をただ代弁するだけでもありません。

上の想いと現場の力がぶつからないように、間に道を作ります。

これは、かなり繊細な仕事です。

社長の言葉を弱めすぎると、ただの丸め役になります。
現場の不満に寄りすぎると、会社の方向がぼやけます。
逆に、上の言葉をそのまま押しつけると、現場は疲弊します。

だから、つなぐ人には両方を見る力が必要です。

社長が何を守ろうとしているのか。
現場はどこで苦しくなっているのか。
今、会社として何を変えたいのか。
そのために、明日から何を一つ変えればいいのか。

ここまで見て、やっと言葉が仕事になります。

中間管理職は、ただの板挟みではありません。

社長の危機感を、現場が動ける一手に変える。
現場の疲れを、会社が見直す材料に変える。
抽象的な方針を、明日の仕事に変える。

この変換がある会社は、強いです。

反対に、この変換がない会社では、
上と現場がそれぞれ正しいことを言いながらズレていきます。

社長は未来を見ている。
現場は今日を回している。
どちらも大事です。

でも、その間をつなぐ人がいないと、未来の話は現場にとって負担に聞こえます。
今日の苦しさは、社長にとって言い訳に聞こえます。

本当は、どちらも会社を良くしたいだけなのに。

社長は、現場を責めたいわけではない。
現場も、会社を止めたいわけではない。

ただ、見ている時間軸が違う。
言葉の温度が違う。
背負っている不安が違う。

その違いを分かったうえで、両方が動ける言葉に変える人がいる。
そういう人が一人いるだけで、会議の後の空気は変わります。

「で、結局どうするんですか?」ではなく、
「まずここから変えましょう」になる。

「また上が言ってる」ではなく、
「今回はここを整えたいんですね」になる。

会社は、正しいことを言うだけでは動きません。
その正しさを、現場が使える言葉に変えた時に動き始めます。

上の想いを理解し、現場の力を信じ、その間に道を作る人。

そういう人がいる会社は、派手ではなくても強くなっていきます。

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。