強くなりたいって、誰でも思うんですよね。
結果を出したい。
舐められたくない。
だから、上に立とうとするんです。
ただ上に立つほど、孤独になるんですよ。
強いままでいなきゃいけないから。
間違えられない。
弱みを見せられない。
その緊張が、組織の空気に染みていくんです。
最近は特に、肩書きだけで人が動く時代じゃなくなったんですよね。
画面越しでも、文章だけでも、温度のズレはすぐ伝わる。
上から押すほど、静かに離れていくんです。
結局、尊敬は集められても、応援は集められないことがあるんですよね。
尊敬は実績や権威で起きる。
応援は感情で起きる。
ここを混ぜると、しんどくなるんです。
あなたが誰かを動かしたいなら、一回だけ問い直してほしいんですよ。
「事」を回したいのか。
「人」を育てたいのか。
数字やKPIは大事なんだけど、数字だけを軸にすると管理になる。
管理になると、言葉が硬くなる。
硬くなると、守りに入る人が増える。
守りが増えると、動きが遅くなる。
この循環って、静かに会社を弱らせるんです。
ただ、これを気合で突破しようとすると、さらに上から押さえつけたくなる。
逆にそれが、離れていく理由になるんですよね。
私は「中心に立つ」って表現が好きなんです。
上に立つのは、前に立って引っ張る感覚です。
中心に立つのは、真ん中で支える感覚なんですよ。
主役を自分にしない。
みんなの力が出るように、場を整える。
その役割って地味なんですけど、いちばん強いんです。
人は強さで尊敬されるけれど、欠点で愛されるのである。
これ、軽く聞こえるかもしれないけど、本当にそうなんですよね。
あなたが応援したことがある人を思い出してほしいんです。
強いから応援した人もいる。
でも、負けたら即切りしましたか?
多くの人は違うんですよ。
むしろ負けた時に「次は勝てる」と信じたくなる。
成長の物語が見えると、心が動くんです。
欠点って、言い換えると「余白」なんですよね。
余白がある人は、頼れる。
頼れる人は、頼られる。
頼られる人は、応援される。
ここって精神論じゃなくて、構造なんです。
だから、あなたがリーダーなら。
「全部できます」をやめていいんですよ。
できないことは、できないと言う。
わからないことは、わからないと言う。
その上で「教えてください」「助けてください」と言える。
ありがとうを、照れずに言える。
それだけで、周りの人は自分の力を出しやすくなるんです。
逆に、質問してきたのに途中で被せてくる人っていますよね。
「だよね、わかる、つまりこうでしょ」って。
悪意じゃないんです。
ただ、負けてない顔をしたいだけなんですよね。
その瞬間、学びは止まる。 応援も止まる。
人は「同じ土俵で勝ち負け」を始めた相手を、助けにくいんです。
見栄は、他人の評価で生きます。
でもポリシーは、自分の基準で生きる。
格好よく見えるかより、誠実か。
強く見えるかより、正しいか。
その基準に立てた瞬間、応援は増えていくんですよ。
不思議なんですけど、すごい人って自分がすごい顔をしていないんです。
自分より強い人が周りにいる。
自分より詳しい人がいる。
自分より早い人がいる。
その人たちが「この人のために」と動いている。
それが本当の強さなんですよね。
応援されると、あなたの目標はあなた一人の目標じゃなくなるんです。
だから遠くまで行ける。
だから折れても戻れる。
その力を、侮らないでほしいんですよ。
もし今、あなたが頑張っているのに人が動かないなら。
やり方が間違っているんじゃなくて、立ち位置がズレているだけかもしれません。
上に立つより、中心に戻る。
尊敬を取りに行くより、応援が生まれる余白を作る。
その小さな変化が、組織の未来を変えていくんです。
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。