人を育てるのがうまい人は、教える量が多い人ではありません。
もちろん、教えることは大事です。
手順を伝える。
注意点を伝える。
過去の失敗を共有する。
最初に道を示す。
それがなければ、相手は動けません。
でも、ずっと教え続けているだけでは、人はなかなか育ちません。
なぜなら、仕事ができるようになることと、
判断できるようになることは別だからです。
手順通りにできる。
言われたことを間違えずに返せる。
決まった流れなら問題なく進められる。
これは大事な成長です。
でも現場では、必ず手順通りにいかない場面が出てきます。
お客様が予定外のことを言ってくる。
納期が急に変わる。
上司が不在の時に判断が必要になる。
マニュアルには書いていない微妙な対応が出てくる。
その時に問われるのは、知識より判断です。
どう考えるか。
何を優先するか。
どこで止めるか。
誰に相談するか。
何を守るために、何を捨てるか。
ここが育っていないと、人はすぐに止まります。
「確認します」
「上に聞きます」
「どうしたらいいですか」
もちろん、確認は悪いことではありません。
勝手な判断で事故を起こすより、ずっといい。
ただ、いつまでも確認だけで進むと、本人も苦しくなります。
自分で決められない。
毎回誰かの正解を待つ。
少し複雑な仕事になると、不安で手が止まる。
その状態で「もっと主体的に」と言われても、しんどいんです。
主体性は、急に出てくるものではありません。
小さな判断の経験を積んだ先に、少しずつ出てくるものです。
人を育てる人は、ここを分かっています。
だから、全部を教え切ろうとはしません。
全部を先回りして直そうともしません。
少し考えさせる。
少し任せる。
少し迷わせる。
そして、戻ってこられる範囲だけは決めておく。
たとえば、お客様への返信を任せる時。
いきなり全部を任せるのは怖いです。
でも、全部を上司が直していたら育ちません。
だから、こう渡す。
「まず自分で文面を作ってみて」
「その時、相手が一番不安に思っていることを先に書いてみて」
「金額や納期の約束だけは、出す前に見せて」
「それ以外の言い回しは、一度任せる」
これなら、相手は考えられます。
でも、会社として守る線も残っています。
判断の経験を渡すというのは、放置することではありません。
相手が安全に迷える場所を作ることです。
管理職が部下を育てる時も同じです。
部下の資料を見て、すぐに赤を入れる。
言葉を直す。
構成を入れ替える。
結論を変える。
それは早いです。
でも、その前に聞いてみる。
「この資料で一番伝えたいことは何?」
「相手はどこで迷うと思う?」
「この数字を見たら、相手はどう感じると思う?」
「自分なら、どこを直す?」
この会話があると、部下はただ直される人ではなくなります。
自分の頭で見直す人になります。
育成がうまくいかない会社では、
仕事だけを渡していることがあります。
この資料を作って。
このお客様を担当して。
この新人を見て。
この会議を回して。
仕事は渡している。
でも、判断の練習は渡していない。
だから、任せたはずなのに毎回確認に戻ってくる。
やらせているのに、なかなか育たない。
経験は積んでいるように見えるのに、判断が強くならない。
それは、その人の能力だけの問題ではないかもしれません。
経験とは、ただ仕事をこなすことではありません。
迷って、選んで、結果を見て、次に少し直すことです。
この流れがあるから、人は育ちます。
社長や幹部が次の人を育てる時も、ここが大事です。
大きな仕事を任せる前に、小さな判断を渡しているか。
失敗しても戻れる範囲を決めているか。
判断した後に、何を見て決めたのかを一緒に振り返っているか。
ここを飛ばして、急に大きな責任を渡すと、人は潰れます。
逆に、小さな判断を何度も経験してきた人は、
大きな仕事を渡された時にも踏ん張れます。
自分で考えたことがある。
少し外したこともある。
戻し方も知っている。
相談するタイミングも分かっている。
この積み重ねが、人を強くします。
人を育てる人は、相手に完璧を求めているわけではありません。
ただ、相手が自分の頭で考える瞬間を奪わないようにしています。
そのためには、教える側にも我慢がいります。
自分でやった方が早い。
自分で直した方がきれい。
自分が判断した方が安全。
そう思う場面は何度もあります。
それでも、相手が考える時間を少し残す。
失敗しすぎない範囲で、任せる。
結果だけでなく、判断の過程を見る。
その地味な関わりが、人を育てます。
会社に人が育つ空気があるかどうかは、研修の数だけでは決まりません。
日々の仕事の中で、判断する経験が渡されているかどうかで決まります。
仕事を渡すだけなら、忙しさは分散します。
判断の経験まで渡せた時、人は育ちます。
そして、人が育つ会社は、
少しずつ社長や管理職一人に頼らなくなっていきます。
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。