あなたが迷っている時って、だいたい「どっちが得か」だけを見ているんですよね。

これをやったら伸びそう。
こっちを学んだら変われそう。
その可能性が眩しくて、全部が良さそうに見えるんです。

ただ、良さそうが増えた瞬間から、決断は重くなるんですよ。
候補が増える。
比較が増える。
確認も増える。
結局、疲れて終わるんです。

ここで一回だけ、視点を反転させたいんですよね。
得るものを数える前に、失うものを言葉にするんです。

機会コストは、選択を現実に戻す刃である。

あなたは何かを取るたびに、必ず何かを失っているんですよ。
その失い方を自覚していないと、あとから心が追いつかないんです。
選んだ瞬間は気持ちいい。
でも後から「なんでこんなに苦しいんだろう」になる。
だいたい失ったものが想像以上に大きかっただけなんですよね。

例えば、講座を受ける。
お金を払う。
それだけじゃないんです。
その時間、あなたは誰にも返せない時間を差し出している。
さらに言うと、集中力と睡眠も差し出すことがあるんですよ。
学んでいるのに、生活が荒れていく人がいるのはここです。

逆に、受けない選択も同じなんです。
学ばないことで失うものがある。
成長の速度だったり、視野だったり、出会いだったり。
だから私は「受けるか、受けないか」を善悪で語りたくないんですよね。
どちらも、何かを捨てているだけなんです。

多くの人は「何を得るか」で自分を納得させます。
人生が変わる。
挽回できる。
この言葉は強いんですよ。
ただ、強い言葉ほど奇跡に寄りかかりやすい。
今の足元が不安定な時ほど、その誘惑が甘いんです。

だからこそ、私は冷たく見積もりたいんですよね。
今のあなたが守るべき資源は何か。
それを差し出すのか、守るのか。
ここを決めるだけで、迷いの量が減るんです。

人間が払うコストって、結局三つに集約されるんですよ。
時間とお金と、それから基礎認知です。
基礎認知っていうのは、物事の見方とか、前提の理解のことなんです。

時間とお金を使って基礎認知を買う人がいます。
本を読む、講座を受ける、相談する。
逆に、基礎認知と時間を使ってお金を買う人もいる。
働くってそういう側面がありますよね。
さらに、お金と基礎認知を使って時間を買う人もいる。
外注する、仕組みにする、任せる。
全部、交換なんです。

この交換は、フェーズで正解が変わるんですよね。
今は基礎認知が足りないなら、時間を突っ込む時期がある。
今は資金が薄いなら、まずお金を作る時期がある。
今は体力が落ちているなら、睡眠を守る時期がある。
どれも当たり前なんです。

ただ、交換の自覚がないまま選ぶと、感情に飲まれるんですよ。
焦りで買う。
不安で契約する。
周りがやってるから動く。
そして、後で後悔する。
後悔の正体は「払った代償が読めてなかった」だけなんです。

ここは大きな決断だけの話じゃないんですよね。
通知の十秒や、動画の五分や、つい開いた検索が、あなたの集中を削っている。
削られてから「今日は進まなかった」と言っても遅いんです。
小さな機会コストを見ない人ほど、大きな選択で崩れます。

だから、あなたに一つだけやってほしいんです。
今「良さそう」と思っているものを一個だけ挙げて。
その代わりに、あなたは何を失うのかを書いてみてください。
時間とお金と基礎認知、あるいは健康や家族との余白。
どれを差し出しているのかを、短くでいいんです。

書けたら、次は簡単なんですよね。
その代償を払ってもいいなら進む。
払いたくないなら、今は捨てる。
それだけで、決断は静かになります。

あなたが欲しいのは情報じゃなくて安心なんだと思うんです。
でも安心は、誰かが保証してくれるものじゃない。
自分で代償を選べた時にだけ、少し残るんですよ。

迷いが消える日は来ないかもしれない。
ただ、迷い方は変えられるんです。
何を得るかより、何を失うか。
この問いがあるだけで、あなたは散らからなくなるんですよね。

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。