仕事ができる上司っていますよね。

会議で、すぐわかります。
話が少し散っただけで、「違う、そこじゃない」と戻せる。
部下の説明が遠回りしはじめると、
「要するにこういうことだよね」と一瞬で芯を抜く。
場が締まるんです。止まりかけた話が、また前に進む。

助かるんですよね。実際。
現場はこういう人がいると回ります。判断が早いから、変な遠回りをしない。
お客さんにも社内にも、余計な傷を増やさない。
部下から見ても頼もしい。
上にこういう人がいたら安心だと思う。
最初は、ほんとうにそうなんです。

ただ、しばらくすると、空気が変わります。

部下が静かになる。

露骨に反抗するわけじゃない。
やる気がなくなるわけでもない。
もっと静かです。
言う前に飲み込む。
提案の形になる前にやめる。
相談は来るのに、意見は来ない。
資料も「これでいきたいです」ではなく、「一度見ていただけますか」になる。

上司はそのあたりから、少しずつ苦しくなります。
なんでこんなに受け身なんだろう。
もっと自分で考えてほしい。
任せたいのに、任せられない。
結局また自分が見ることになる。
自分ばかり忙しい。そんな感覚が、静かに積もっていく。

ただ、ここで「部下が弱い」で片づけると、ずっと同じことが起きます。

部下が黙るのは、考えていないからじゃない。
考えても、その前に回収されるからです。

優秀な上司ほど、見えるのが早い。
何がズレているか、どこを直せば通るか、どの順番なら事故が少ないか。そこまで見えてしまう。
だから、つい拾うんです。
悪気なく。むしろ善意で。
失敗させたくない。早く進めたい。育ってほしい。
その気持ちで言っている。

でも、人は空気に慣れます。

この職場では、未完成な考えを最後まで持っていくより、早く上の答えに寄せたほうが安全だ。
そう学んだら、そりゃ黙ります。反抗じゃないんです。適応です。

ここがいちばん苦しいところなんですよね。
上司は本気で良かれと思っている。
部下も、ちゃんと応えたいと思っている。

誰もサボっていない。
なのに、少しずつチームの中から「自分の頭で掴みにいく感じ」だけが消えていく。

営業の現場でも、よくあります。
数字に強い上司がいて、案件相談を持っていくとすぐ答えが返ってくる。
「それ、価格の話じゃないよ」
「先方が止まってるのは決裁者の不安だね」
鋭いんです。だから商談は進む。部下からしたら、本当に助かる。

ただ、その上司の下にいる部下は、だんだん自分で詰めなくなる。
仮説を最後まで持たない。
少し想定外が起きると止まる。
上司に聞いたほうが早いからです。
そのほうが外さないからです。

すると上司は、さらに忙しくなる。
なんで育たないんだろう。
なんで自分ばかりこんなに見てるんだろう。
でも、その忙しさの一部は、自分の優秀さが生んでいる。
ここ、かなり痛いです。痛いけど、本質です。

経営でも同じです。
頭の切れる社長ほど、幹部の話の甘さにすぐ気づく。
論点がズレたら戻せる。
見立てが深いから、最後は全部そこに回収される。
会議は速い。見た目も強い。
ただ、その速さで毎回拾われる側は、だんだん腹をくくらなくなるんです。
どうせ最後は社長が決める。
どうせ社長の景色が正しい。
そうなった組織は、回っているようで痩せていきます。
声はある。会議もある。
でも、中に“自分で持っている人”が増えていかない。

上に立つ人の仕事は何か。
毎回いちばん正しい答えを出すことなのか。
それとも、自分がいない場所でも回る状態をつくることなのか。

ここを取り違えると、マネジメントはすぐ濁ります。
自分が正しい。だから自分が言う。だから早い。
短期では勝てます。ほんとうに勝てる。
でも、その先に残るのは、強いチームじゃない。
上の正解を待つのが上手いチームです。

強いチームって、すごい上司がいるチームじゃないんですよね。
未完成でも考えを持ち寄れるチームです。
浅くても言える。ズレても出せる。そこで先に回収されない。
取り上げられない。
その空気の中で、人はやっと自分の頭を使いはじめる。

育成は、きれいじゃないです。
遅い。面倒。もどかしい。
「違う、そこじゃない」と言いたくなる瞬間の連続です。
それでも、そこで奪わない。すぐに自分の正しさを置かない。少し待つ。相手の未完成さに付き合う。
この時間を持てる人だけが、人を育てられるんだと思います。

優秀な上司は、仕事を前に進めます。
でも、優秀な上司がみんなを育てるとは限らない。
自分の正しさで、誰かの声を細くしない上司。
その人がいる組織は、強いです。

あなたの職場では、誰かの優秀さが、誰かの沈黙をつくっていませんか。
あるいは自分の善意で、誰かの考える途中を奪ってしまっていませんか。

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。