目標を立てた瞬間って、体が少し軽くなるんですよね。
「よし、やるぞ」って。
でも、その熱は必ず冷めるんです。
あなたが弱いからじゃない。
人間はそういう生き物なんですよ。
忙しい日が続く。
予定がずれる。
一回サボる。
そのうち、目標が遠い言葉に戻っていく。
ただ、冷めたあとに残るものがあるんです。
それが数字なんですよね。
数字は嘘をつかないのである。
体重でもいい。
売上でもいい。
投稿数でもいい。
勉強時間でもいい。
何でもいいんですけど、数字にできるものは強いんですよ。
熱が消えても、数字はそこに残るから。
私は、数字って冷たいと思っていたんです。
詰められる感じがする。
できてない自分が丸見えになる。
だから見ない。
見ないから、曖昧になる。
曖昧だから、また気分で揺れる。
これ、よくある流れなんですよね。
でも逆に、数字はあなたを責めないんです。
「今日は0だった」って書いてあるだけ。
罪悪感もつけない。
言い訳も受け取らない。
ただ、現実をそのまま置いてくる。
そこが優しいんですよ。
気分でやる人は、気分で折れるんです。
結局、気分って自分でも掴めないから。
だから私は、気分より数字を信じたいんですよね。
ここで大事なのは、完璧な計測じゃないんです。
細かくやりすぎると、それが続かない。
私たちは凡人だから。
たとえばダイエットなら、毎日の体重をきれいに記録できない日もありますよね。
そんな日は、空欄でいいんです。
ただ、週に一回だけ乗る。
それでも十分なんですよ。
売上も同じです。
結果だけ見て一喜一憂すると、心が先に折れる。
だから私は、行動の数字も一緒に置きたいんです。
商談した回数。
提案した回数。
発信した回数。
そういう、手で動かせる数字。
あなたが今、叶えたいものがあるなら。
その目標に対して「手で動かせる数字」を一つだけ決めてほしいんです。
一つでいい。
二つにすると途端に曖昧になるんですよね。
そして、その数字を毎日長々と見ない。
見るのは数秒でいい。
夜に一回だけ。
今日は何だったか。
それだけ確認する。
確認できたら、もう十分なんです。
数字って、あなたを追い詰めるために使うと苦しくなるんですよ。
ただ、道を外れないための標識として使うと、急に味方になる。
今ここにいる。
目的地はあっち。
ずれたなら、少し戻す。
それだけなんです。
できていない日が出るのは当然なんですよ。
そこで「私はダメだ」って物語を作ると、また終わる。
ただ「0だった」で止める。
止められると、次の日に戻れるんですよね。
数字は、あなたの価値を決めるものじゃない。
あなたの現在地を教えるだけ。
だから怖がらなくていいんです。
熱が消えても残るものを、先に置いておく。
それが計測なんですよ。
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。