情報を集めれば集めるほど、なぜか迷いが増えることがあるんですよね。
本を読んで、動画を見て、誰かの成功談を聞いて。
知識は増えているのに、決められない。
焦りだけが増える。

それ、能力がないからじゃないんです。
逆に向上心があるからこそ起きる罠なんですよ。
時間も集中力も有限なのに、情報だけが無限に増える。
この矛盾に、あなたの頭が負けているだけなんです。

だから必要なのは、情報の量じゃなくて「基準」なんですよね。
ただ多くの人が勘違いしている。
基準は「選ぶためのルール」だと思っている。
でも違うんです。

基準は、捨てるためのルールである。

今の時代は、選ぶ前に捨てないと終わるんですよ。
候補が増え続けるから。
「良さそう」に見えるものが多すぎるから。
良さそう、って言葉は優しいけど、実は危険なんです。
可能性に見えて、全部を抱えさせる。
抱えた瞬間に、迷いが増える。
迷いが増えると、判断が遅れる。
判断が遅れると、行動が止まる。
結局、疲れて終わる。

昔はイエスかノーで済んだ場面が、今は候補が何十個も出てくるんですよね。
「何か買おう」と思った瞬間に、比較記事が並ぶ。
「学ぼう」と思った瞬間に、講座が並ぶ。
選択肢が増えたのは自由だけど、自由は負荷でもあるんです。
だから、捨てる力がない人ほど、自由に押し潰される。

基準がある人は、情報を見た瞬間に処理が終わるんですよね。
今必要か、将来必要か、不要か。
この三つだけでいい。
反射で分けられるようになると、頭が軽くなるんです。

じゃあその基準は、どう作るのか。
私はシンプルに、目的と制約と原則の掛け算だと思っているんですよ。
目的は、どこへ行くか。
制約は、使える時間や予算や体力の限り。
原則は、何を優先して何を捨てるかの癖。
この三つが揃うと、意思決定が速くなるんです。

ただ、目的って「欲しいもの全部」じゃないんですよね。
欲望を並べた瞬間、また迷う。
だから私は、次の九十日だけでいいから、目的を一個に絞りたいんです。
売上でも、採用でも、商品でも、習慣でもいい。
その目的を数字にする。
数字がない目的は、基準にならないから。
そして最後に、捨てるものを決める。
捨てるものが決まった瞬間、基準が生まれるんですよ。

ここで多くの人が「得るもの」ばかり見てしまうんです。
でも大事なのは「失うもの」なんですよね。
何かを取るたびに、別の何かを失っている。
それを言葉にできない選択は、だいたい散るんです。

時間とお金とエネルギー。
この三つのどれを差し出して、何を取りに行くのか。
自分の今の段階で、何が一番重い資源なのか。
そこが曖昧だと、安いから買う、高いからやめる、みたいな判断になる。
逆に言うと、目的が決まっていれば、値段はただの条件になるんですよね。

それともう一つ。
再現できないものは、見た目が良くても捨てていいんです。
たまたま当たった話。
才能が前提の話。
その人だからできた話。
それを集めすぎると、知識だけ増えて行動が止まる。
あなたやあなたのチームが再現できるかどうか。
そこを通らないなら、今はさよならでいいんです。

日々の選択は、三つの問いで十分なんですよ。
これは今の目的に直結しているか。
それをやることで、私は何を失うのか。
それは再現できるのか。
この三つを通らないものは、どれだけ魅力的でも一回切る。
逆に、この三つを通る情報だけ残せば、世界は急に静かになるんです。

時間にもテーマをつけるといいんですよね。
今は娯楽の時間なら、娯楽を楽しめばいい。
今はリサーチの時間なら、目的に直結しないものは切る。
同じスマホでも、テーマが違えば扱いが変わる。
テーマがないから流されるんです。

あなたが本当に欲しいのは、情報じゃないんですよね。
「これで合ってる」っていう安心なんです。
でも情報は、保証をくれない。
新しい可能性を増やして、不安も増やす。
だから、安心が欲しいなら基準を持つしかないんです。

基準があると、結果が出なくても次の一手が出せる。
修正ができる。
不安が減るのは、当たったからじゃなくて、戻れるからなんですよね。

決める責任から逃げたくなる気持ちも、わかるんです。
でも、決めなかったらもっと確実に負ける。
だから今日、あなたは次の九十日の目的を一個だけ決めてください。
数字を置いてください。
そして何を捨てるかを一つだけ書いてください。

その一つが決まった瞬間、迷いは少しだけ終わるんですよ。

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。