何かを変えたい時って、だいたい「増やそう」とするんですよね。
新しい習慣。新しい勉強。新しい挑戦。
でも、現実はそんなに優しくないんです。
あなたの一日は二十四時間のままなんですよ。
疲れやすさも、集中力も、急には伸びない。
だから「増やす」だけだと、必ずどこかで詰まるんです。
結局、詰まった瞬間に人は言うんですよね。
忙しかった。予定が入った。環境が悪かった。
もちろんそれも事実なんです。
ただ、そこに長居すると、次に進めないんですよ。
言って変わるものなら言えばいい。
でも、言っても変わらないものを握ったままだと、両手が塞がるんです。
捨てるとは、未来に席を空ける行為である。
この感覚がないと、目標ってずっと「願い事」のままなんですよね。
やりたいことの箱があるとして。
そこに、新しいものを入れたい。
入れた瞬間、はみ出す。
はみ出したのに、無理やりフタを閉めようとする。
そして壊れる。
私たちがよくやるのは、この壊し方なんです。
できなかった自分を責める。
もっと気合を出そうとする。
また増やす。 また壊れる。
この循環って、地味に心を削るんですよね。
だから最初にやるのは、足すことじゃなくて引くことなんです。
「来年から」じゃなくて、今日からでもいい。
何か一つ、あなたの時間から出ていってもらうものを決める。
例えば、朝起きてすぐのダラダラスマホ。
寝る前のなんとなくの動画。
惰性で返している連絡。
完璧にやろうとして動けなくなる癖。
ここに時間が吸われているなら、そこが出口なんですよ。
捨てるって、冷たいことじゃないんです。
大事にしない、じゃなくて。
大事にしたいものを大事にするための順番なんですよね。
あなたが本当に増やしたいものがあるなら。
そのための「席」が必要なんです。
席がないのに座らせようとするから、揉める。
自分の中で、生活の中で、予定の中で。
そしてもう一つ、捨てる対象って「行動」だけじゃないんですよ。
「考え方」も捨てられるんです。
できない理由を探す癖。
環境のせいにして終わる癖。
誰かのせいにして安心する癖。
やめたいなら理由は無限に見つかる。
やりたいなら方法も無限に見つかる。
どっちを見続けるかで、現実が変わるんですよね。
だから私は、矢印を自分に向けたいんです。
誰かを責めるより、状況を嘆くより、今の自分が何を変えられるか。
そこにだけ、エネルギーを使いたい。
捨てるって決めた瞬間、少し寂しいんですよ。
手放すんだから。
ただ、その寂しさの奥に、軽さが出てくる。
「やれるかもしれない」が戻ってくる。
完璧じゃなくていいんです。
大きく捨てなくていい。
まず一つだけでいい。
あなたの一日の中で、いつも吸われている場所を一個だけ外す。
その空いた穴に、あなたが本当に欲しいものを置いてみる。
それが小さく回り始めたら、もう勝ちなんですよ。
足りないのは意志の強さじゃない。
席の作り方なんです。
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。