利益の話になると、空気が変わる会社があります。
売上の話までは元気なんです。
今月いくらいった。
前年より伸びた。
案件数が増えた。
粗利率がどうだ。
そこまでは威勢がいい。
でも、利益の話になった瞬間、急に鈍る。
言い訳が増える。
必要経費だった。
投資だから。
今は攻めの時期だから。
人に使ったから。
将来のためだから。
もちろん、本当にそういう時期もあります。
利益を削ってでも先に取るべき局面はある。
そこはあるんです。
でも、ずっと利益が残らない会社って、売上が足りないというより、
数字に感情が混ざりすぎていることが多いんですよね。
もっと言うと、数字の判断に人格が乗っている。
これ、分かりますかね。
本来、利益って冷たい指標です。
どれだけ残ったか。
何が効いていて、何が重いか。
どこに無理があるか。
かなり正直です。
言い訳しても、最後は残るか残らないかで出る。
なのに、そこに人間の気持ちが入ると一気に濁る。
この人が頑張ってるから切れない。
長い付き合いだから下げにくい。
ここでやめたら自分の判断ミスみたいで嫌だ。
前に大きく張ったから、今さら引けない。
社員に申し訳ないから、ちゃんと儲かってないのに増やしてしまう。
社長のプライドとして、このサービスは残したい。
あの頃の成功体験が忘れられない。
全部、気持ちは分かるんです。
ほんとうに。
でも、利益が出ない会社って、
だいたいこのへんが整理されていない。
数字で見るべきところを、情で持ってしまう。
情で見ていいところを、逆に根性で押す。
このズレです。
たとえば、明らかに利益を食っている事業がある。
売上は立つ。
見た目は悪くない。
現場も忙しい。
やってる感もある。
でも、残らない。
むしろ本体を重くしている。
こういうもの、ありますよね。
で、会議で出るんです。
ここまで育ててきたし。
来期で化けるかもしれない。
担当も頑張っているし。
今やめたらもったいない。
ブランド的にも置いておきたい。
一つひとつは、それっぽく聞こえる。
でも、利益が出ない会社ほど、
この“それっぽさ”で延命するんです。
数字の問題に見えて、実は感情の問題なんですよね。
切れない。
認めたくない。
悪者になりたくない。
ここまでやった自分を否定したくない。
人の頑張りを無駄にしたくない。
全部、人間として自然です。
自然なんだけど、その自然さのまま経営すると、
会社はだんだん苦しくなる。
利益って、経営者の気持ちに合わせてくれないんです。
どれだけ想いがあっても、残らないものは残らない。
そこがきつい。
でも、だからこそ見ないといけない。
利益が出ない会社って、売上が少ないからというより、
「何を残し、何を切るか」が感情で揺れ続けていることが多いです。
ここ、現場のマネジメントにも似ています。
上司が、ある部下をずっと抱えてしまう。
本当は配置を変えたほうがいい。
役割もずれてる。
本人も苦しそう。
でも外せない。
なぜか。
可哀想だから。
ここまで見てきたから。
今変えたら、自分の育成が失敗だったみたいだから。
これ、組織ではよくあるんですよね。
優しさに見える。
でも実際には、その人もチームも苦しくしている。
利益が出ない事業を切れないのと同じです。
数字じゃなく、人の話に置き換わるだけで、構造はかなり似ている。
本来、経営って冷たく見える判断が必要です。
ただ、その冷たさは人を雑に扱うことじゃない。
目的に戻すことなんです。
この事業は、会社を前に進めているのか。
この支出は、未来につながっているのか。
この人員配置は、誰のためになっているのか。
ここに戻る。
でも、そこから離れると、
判断が全部“人としてどう見られるか”に引っ張られる。
これを切ったら薄情だと思われる。
これを下げたらケチだと思われる。
これをやめたら負けた感じがする。
数字の話をしているようで、
実際には自分の見え方の話をしているんです。
それだと、利益は残りにくい。
経費の話もそうです。
利益が出ない会社って、不思議と
“削る場所”がズレていることがあります。
大きな重さには手をつけないのに、細かいものに厳しい。
コピー代。備品代。交通費。
そこは詰める。
でも、一番高い人の時間を浪費している会議は放置。
毎回やらなくていい確認作業もそのまま。
売れていない商品のための細かい手間も削らない。
これ、あるんですよね。
見える経費には厳しい。
でも、習慣になっている無駄には甘い。
なぜか。
習慣には人の顔がついているからです。
この会議はあの人が大事にしてる。
この工程は前からこう。
この取引先とは長い。
この販促は社長案件。
だから、重いのに切れない。
利益って、売上を増やせば出ると思われがちです。
もちろん増えれば助かる。
でも、利益が薄い会社ほど、増やす前に止めるべき漏れが多い。
しかもその漏れって、だいたい感情で守られている。
ここがやっかいです。
感情そのものが悪いわけじゃないんです。
人を思う気持ちも、積み上げてきた歴史も、全部大事です。
でも、それを判断の土台に置くと、だんだん会社が歪む。
社員も感じるんですよね。
何でこれは残るんだろう。
何でここには手をつけないんだろう。
何であっちは一円単位で見られるのに、こっちは放置なんだろう。
そういうの、現場は意外と見ています。
で、見えているのに言わない。
なぜかというと、言ったところで
最後は感情で決まると分かっているから。
こうなると、数字が組織の共通言語じゃなくなる。
ただの飾りになります。
会議で出すもの。
資料に載せるもの。
でも、本当に決めるときは別のものが動いている。
これはかなり弱い会社です。
強い会社って、利益を神様みたいに扱うわけじゃないんです。
でも、利益をちゃんと現実として見る。
ここが違う。
利益が残らないということは、どこかに無理がある。
頑張りに寄りかかっているかもしれない。
見栄で持っているかもしれない。
惰性で続けているかもしれない。
そこを見る。
しかも、人格を否定せずに見る。
ここが大事です。
この事業をやめることと、
過去の判断が全部間違いだったことはイコールじゃない。
この経費を削ることと、
人を大事にしていないこともイコールじゃない。
この配置を変えることと、育成が失敗だったことも同じじゃない。
でも、人はそこを一緒にしてしまう。
だから決められない。
利益が出ない会社のつらさって、数字が弱いことじゃないんです。
数字を見るたびに、自分の感情まで揺れることなんですよね。
プライド。
罪悪感。
期待。
執着。
そのへんが全部乗る。
だから冷静に見られない。
でも、本当は分けないといけない。
感情は感情。
数字は数字。
想いは想い。
判断は判断。
ここが分かれてくると、経営はかなり強くなります。
冷たくなるんじゃない。
むしろ無駄に傷つけなくなる。
引っ張らなくていいものを引っ張らない。
残すべきものにちゃんと張れる。
そのほうが、結果として人も守れるんです。
利益って、ケチかどうかの話じゃない。
経営の軸があるかどうかの話です。
何にお金を使うのか。
何はもうやめるのか。
どこで情をかけて、どこは数字で切るのか。
ここに基準がある会社は強い。
逆に、全部に気持ちが入る会社は、
優しいようでいて、だんだん全員を苦しくする。
そこが一番きついところかもしれません。
最近あなたの現場で「数字の問題」に見えていたもの、本当は売上不足でしたか。
それとも、数字に感情を乗せすぎていたことのほうが大きかったですか?
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。