私たちは毎年「今年こそ」と思うんですよね。
でも、続かない。
三日坊主で終わって、また自分を責める。

ただ、それは普通なんですよ。
あなたの意志が弱いんじゃない。
私たちが自分の意志を過信しすぎているだけなんです。

意志で勝てるなら、とっくに勝ってるんですよね。
眠い日もある。
だるい日もある。
気分が乗らない日がある。
その全部を踏まえて設計しないと、最初から負け試合になるんです。

ここで大事なのは「頑張る」じゃなくて
「頑張ってしまう」状態を作ることなんですよ。
その鍵が環境なんです。

環境とは、誰と一緒にいるかである。
これを軽く見た瞬間、人生は周りの基準に支配されます。

あなたが当たり前だと思っている仕事量も、
このくらいで十分だと思っている売上も、
だいたいは自分で決めていないんですよね。
周りの空気が決めていて、あなたはそれに馴染んでいるだけなんです。

職場に上司の悪口ばかりが飛び交う空気があるとします。
そこでは「悪口を言うのが正義」みたいな基準ができる。
逆に、挑戦した人を笑う空気があるなら、やらないことが正解に見える。
本人の根性とは別のところで、行動が固定されてしまうんですよ。

だから、環境設計って引っ越しの話じゃないんです。
人と場の基準の話なんです。
一緒にいる人がどんな当たり前を持っているか。

その場で何が称賛され、何が恥とされるか。
そこを見ないと、努力は方向を間違えるんですよね。

例えば、同じ一時間でも全然違うんですよね。
周りが集中している場所なら、あなたも集中できるんです。
周りがスマホを触って笑っている場所なら、あなたも触りたくなるんですよ。
意志じゃなくて、同調が動いているんですよね。

だから私は、環境って「空気」だと思っているんです。
空気が違うと、声の大きささえ変わる。
努力して変えたように見えても、実は適応しているだけなんですよね。

本を買うのと、セミナーを買うのの違いも、結局ここなんです。
知識はどちらにもある。
ただ、セミナーは「集中できる空気」を買っている。
周りが聞いているから自分も聞ける。
その場の基準が、あなたの背中を押すんですよ。

逆に、アーカイブが溜まっていくのも自然なんです。
見ないあなたが悪いんじゃない。
見る環境がないだけなんですよね。

そして、個人の環境はもっと小さくも作れるんです。
机の上にスマホがあるだけで負ける日があるんですよ。
だから別の部屋に置くんです。
やる時間に、やる場所に座るんです。
誰かに宣言するんじゃなくて、勝手に始まる形に寄せる。
マクドナルドのポテトみたいに、押せば進む状態を自分に用意するんです。

ここまで来ると、基準の作り方はシンプルになるんですよね。
あなたが伸びたいなら、比較対象を変えることなんです。
人と比べるな、って言葉は優しい。
でも、正しい比較対象がないと、人は頑張れないんですよ。
周りに「それが普通」でできる人がいると、こちらも動ける。
結局、人は空気で変わるんです。

ただ、環境を選ぶって、時々いちばん痛いところに触れます。
親の基準です。
親を捨てる話じゃない。
親の基準を自分の基準から外す、という話なんですよね。
それを外せないと、知らないうちに親の人生を再現してしまう。
逆に、外せた瞬間に、選べるようになるんです。

もしあなたが学ぶ側なら、
まず「誰と一緒にいるか」と「その場の基準は何か」を見てくださいね。
もしあなたが提供する側なら、
知識や価格の前に、その二つを言葉にしてあげてほしいんですよ。
人は情報を買っているようで、空気と基準を買っているからです。

今日ひとつだけやるなら、居場所を一つだけ変えてみてくださいね。
会う人を一人だけ変えてみてください。
それだけで、意志に頼らずに前へ進む構造が生まれるんですよ。

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。