気づかないうちに“ズレた善意”になってるかもしれません。
本当の愛は、“自分の喜び”と“他人へのプラス”が一致してる状態。
でも多くの人は、どちらかに偏ってる。
自分の快楽だけを優先して、それが他人を疲弊させているなら──それはただの“エゴ”。
逆に、与えることに必死で自分を削っていたら──それは“都合のいい人”。
どちらも、愛じゃない。
それは“バランスを欠いた自己満足”。
だから大事なのは、「喜びながら与える」という一致点を探すこと。
それが見つかった瞬間、行動は魂の声になる。
そしてその声を貫くには、覚悟がいる。
たとえば、目的地まで5㎞で、自分のエネルギーが「5kmぶんのガソリン」しかないなら
途中で人を助けてたら、目的地にたどり着けない。
優しさも大事。
でも、目的を見失うほどの優しさは、優しさじゃない。
決断は、切断。
今ある力の中で、何を引き受けて、何を手放すのか。
その選択に、あなたの覚悟が現れる。
でももし、今の目的地が3km先なら
余った2kmぶんを、人に分け与えればいい。
与えるとは、“余白の中から差し出す”こと。
魂の声とは、喜びと貢献が重なるところにある。
そして、愛とは感情ではなく、設計できるバランスなんです。
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。