AIって、手を抜く道具として使うと本当に優秀です。

それっぽい文章は出る。
会議メモもきれい。
提案のたたき台も早い。
だから本人も「仕事が前より速くなった」と思いやすい。

でも、そこで一緒に丁寧さまで上がっているとは限らないんですよね。

会議のあとに出てきた要約。
ちゃんとしてる。抜けも少ない。
なのに、あの場で一番嫌だった空気だけ抜けている。
誰が渋っていたのかも、どこが本当の論点だったのかも薄い。

こういうの、ありますよね。
きれい。でも弱い。

昔は、雑な人にも時間がかかっていたんです。
書きながら考えるしかなかったから。
迷って、削って、戻って、その途中で少しだけ丁寧になれた。

今はそこを一気に飛ばせる。
だから、もともとの癖が前より出ます。
雑な人は、もっと雑になる。
丁寧な人は、もっと丁寧になる。

AIで差がつくのって、使ったか使ってないかじゃないんですよね。
自分の目を最後まで残したかどうかです。

この言葉で届くのか。
この要約で現場は動けるのか。
この案に、自分は責任を持てるのか。
そこを一回でも通す人の仕事は軽くならない。

逆に、そのまま流す人は、量は増えても信頼が増えない。
早いのに、なぜか任せきれない人になる。

AIは便利です。
でも便利なものほど、人の癖を拡大する。
そこは忘れないほうがいい。

あなたは今、AIで丁寧さが増えていますか。
それとも、雑に済ませる癖が前より上手に隠れているだけですか?

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。