まわりに合わせる。
はみ出さない。
みんなと同じでいれば、安心。

日本では、これが長く美徳とされてきました。
和を保つことは、確かに大事です。

でも、商売や仕事の世界では、少し話が変わります。
みんなと同じことをして、みんなと同じものを売っていたら、
選ばれる理由がなくなります。

お客様から見て、どの店も同じに見える。
だったら、いちばん安いところでいい、となる。
そうやって、値段の叩き合いに巻き込まれていく。

厳しい言い方ですが、
「みんなと同じ」は、「いてもいなくても同じ」です。
その他大勢の中に、埋もれてしまう。
名前を、覚えてもらえない。

選ばれる人は、どこかが違います。
少し変わっている。
人とは違う視点を持っている。
「あの人だから頼みたい」と思わせる、何かがある。

その「違い」は、最初は浮いて見えるかもしれません。
「変わっているね」と言われるかもしれない。

でも、その違いこそが、あとでいちばんの強みになります。

みんなと同じでいることは、楽です。
考えなくていい。
責任を問われない。
失敗しても、みんなと一緒だから、こわくない。

でも、その楽さと引き換えに、
自分だけの価値を、手放している。

人と違うことを、こわがらないでください。
違いは、欠点ではありません。

無難な答えに落ち着きそうになったら、
一度立ち止まる。
本当にそれでいいのか、と。

みんなが右を向いているとき、
なぜ右なのかを考えられる人が、選ばれます。

違いは、いきなり作るものではありません。
好きなことを、人より少し深くやる。
納得いかないことを、そのまま流さない。
自分の頭で、もう一度考える。

その積み重ねが、いつのまにか「あの人らしさ」になる。
まわりに合わせるのをやめた分だけ、輪郭がはっきりしてきます。
埋もれない人は、そうやって作られていきます。

「変わっているね」は、時にほめ言葉です。
その一言の裏に、記憶に残った、という事実があるからです。

埋もれる人は、思い出してもらえません。
角のある人だけが、名前で呼ばれ、名指しで頼まれる。
丸くなるより、自分の輪郭を、はっきりさせておくことです。

あなたの「違い」は、隠すものではなく、磨くものです。
あなたにしかない強みは、何ですか?
世の中の非常識は、華僑の常識。華僑Jでした。