「社員が動かない理由を“社員の怠慢”にすり替える経営者は、
自らの無能を隠しているにすぎません。」

人間は本来、自ら動きたがる生き物です。
子どもですら、やらされる宿題には反発し、
自分で選んだ遊びには命をかけるほど全力を注ぎます。
それなのに社員だけが“受け身”になるのはなぜでしょうか。
原因は社員ではなく、環境をつくる側にあります。

主体性を奪う最大の毒は、経営者自身の姿勢です。
細かい指示に従わせ、ルールで縛り、決定権を握り潰します。
その瞬間に、社員は考えることをやめます。
「どうせ最後は社長が決める」──そう学んだ時点で、主体性は死にます。

逆に、明確な基準とゴールを示し、裁量を与えればどうなるでしょうか。
人は責任を与えられた途端に変わります。
責任を持てることこそが、やる気の最大の燃料だからです。
自分で選んだ挑戦なら、人は限界を超えて動きます。

だから本当に問われるのは社員ではなく、経営者です。
「社員が判断できる余地を奪っていないでしょうか」
「挑戦する権限を与えているでしょうか」
「自分こそが主体性を殺していないでしょうか」
経営者がまずこの問いから逃げている限り、
社員は決して自発的には動きません。

優れた経営者は、人を管理しません。
人を信じ、任せ、責任を共に背負います。
その姿勢があって初めて、社員は仕事を“自分の戦い”として受け止めます。

逆に「自分で判断する余地のない職場」は、必ず“指示待ち社員”を量産します。
これは怠慢ではありません。環境の必然です。

思うように部下が動かない、指示待ちの社員ばかりで悩んでいるなら、
まず見るべきは自分自身です。
組織を壊しているのは社員ではなく、あなたの“やらせる癖”です。

社員の自発性を奪っているのは社員ではありません。
経営者の姿勢こそが、最大の敵になります。

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。