不安って、できれば感じたくないものとして扱われがちなんです。
自信がないから不安になる。
覚悟が足りないから不安になる。
メンタルが弱いから不安になる。
そうやって自分を責める材料になってしまう。
でも私は、不安をそういう位置に置くのはもったいないと思っているんですよね。
不安があるって、悪いことじゃないんです。
むしろ不安があるということは、あなたが「まだ選べる状態にいる」ということなんですよ。
まだ余白がある。まだ設計できる。まだ方向を変えられる。
追い詰められていたら、不安を眺める余裕すらない。
目の前のことを処理するだけで精一杯になります。
だから私は、不安が出てきたらまずこう考えるんです。
悩める余裕がある。じゃあ、動ける余地がある。
ここで多くの人がやってしまうのは、不安を消そうとすることなんですよ。
不安の原因を探して、根拠を集めて、安心材料を並べて、気持ちが整ったら動こうとする。
でも不安って、完全には消えないんです。消そうとすればするほど、形を変えて残る。
だから順番を変えた方がいい。
不安を消してから動くんじゃなくて、不安があっても動ける形を作る。
感情をコントロールするより、行動を設計する。
私はこっちの方が、圧倒的に現実が動くと思っています。
たとえば、発信が怖い。不安だ。伸びなかったらどうしよう。
嫌われたらどうしよう。
そう思うなら、いきなり全力で勝負しなくていい。
まずは小さく試せる形にする。
投稿の頻度を落とすんじゃなく、投稿のハードルを落とす。
撮影を1回で終わらせないで、テンプレ化する。
ストックを作る。設計で不安を包むんです。
起業も同じです。
不安だから考え続ける人が多い。
でも考え続けている間は、何も積み上がらない。不安は増えるだけ。
だから私は、不安が出たら「動く」が先だと思っています。
むやみに動くんじゃない。行動の内容を設計して動く。
不安を理由に止まると、止まったことが不安の根拠になってしまうんですよ。
動けていない。積めていない。変わっていない。だから余計に怖くなる。
逆に、少しでも動くと、不安の性質が変わります。
まだ怖い。でも進んでいる。
少しでも積めている。
だから不安が「警戒」になって、現実的な判断に使えるようになる。
不安って、敵じゃないんです。
センサーなんですよ。
危険を教えてくれる。足りない部分を教えてくれる。
でも、センサーが鳴っているからといって、ずっと立ち止まっていたら意味がない。
センサーを見て、設計を直して、進む。これが正しい使い方なんです。
あなたが不安を感じているなら、それはあなたが真剣だということ。
ちゃんと現実を見ているということ。
だから、不安を否定しなくていい。消そうとしなくていい。
ただ、不安と一緒に歩ける形を作る。
不安があっても回る構造を作る。
そうすると不安は、あなたの足を止めるものじゃなく、
あなたを守りながら前に進ませるものに変わるんですよ。
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。