最近、言葉が届かない瞬間が増えていないですか。
ちゃんと説明したのに、反応が薄い。
昔なら動いたやり方なのに、今は空回りする。
その時って、だいたい相手のせいにしたくなるんですよね。

最近の若い人は。
最近の顧客は。
最近の世の中は。
そう言いながら、心のどこかで焦るんです。
もしかして私が遅れているのかもしれないって。

でも、その疑いを押し込めたくなるんですよ。
怖いから。
今まで積み上げてきたものが、崩れる気がするから。
だから私たちは、わかっている顔をするんです。

強い言葉で押す。
管理を増やす。
正しさで整列させようとする。
それで余計に離れていくんですよね。

時代は変わるんです。
道具が変わる。
働き方が変わる。
関わり方が変わる。
画面越しのやり取りが増えたら、空気で押すのは効かなくなるんですよ。
価値観が多様になったら、同じ物差しで測るほど歪むんです。
そして新しい道具は、昨日の常識をあっさり無効にする。
そこを無視すると、こっちが疲れるだけなんですよね。

遅れていると認めた瞬間が、アップデートの開始である。

私はこの一言を、守りたいんですよね。
「私は知らないです」って言える人は、負けない。
負けないというより、折れても戻れるんです。
知らないと認められない人は、間違ったまま走り続ける。
その方が怖いんですよ。

ここで大事なのは、能力の話じゃないんです。
姿勢の話なんですよね。
知ってるふりをするか。
知らないを入口にするか。
この差が、時間を奪うんです。

だから私は、恥を小さくしたいんです。
大きく恥をかく前に、小さく言う。
「わかりません」
「教えてください」
「今のやり方が通じない気がします」
その三つを言えるだけで、世界は少し柔らかくなるんですよ。

特に、立場が上がるほど難しいんです。
責任がある。
期待もある。
だから格好つけたくなる。
でも格好つけるほど、情報が入ってこなくなるんですよね。
本音が出ない。
違和感が上がってこない。
気づいた時には手遅れになる。

私はそれが一番怖いんです。
だから、中心に立ちたい。
上から引っ張るより、真ん中で受け取る。
空気を読むより、空気を作る。

正しさより、対話を増やす。
そうやって、人の声が集まる場所を作るんです。

新しい時代って、優しいようで冷たいんですよね。
置いていくのが早いから。
だからこそ、早めに「知らない」を差し出す。
差し出せた人から、教えてもらえるんです。
応援も集まるんです。

学び直しって、大げさに構えなくていいんですよ。
一時間のセミナーより、三分の確認の方が効く日もある。
今日わからなかった言葉を一つだけ調べる。
今日ズレた会話を一つだけ思い出す。
それを明日の言い方に直す。
この小さな更新が、気づけば差になるんですよね。

あなたがもし、どこかで詰まっているなら。
努力が足りないんじゃないんですよ。
あなたが悪いとも限らない。
ただ、地図が古いだけかもしれないんです。

地図を新しくするために、まず一回だけ言ってみてください。
私は遅れているかもしれない。
私はわかっていないかもしれない。
だから教えてくださいって。

その言葉は、あなたの価値を下げないんですよ。
むしろ、強さの定義を変える言葉なんです。
強いふりを続けるより、更新できる人の方が長く強い。
あなたが一回素直になっただけで、周りの空気が変わる瞬間があるんですよ。
その瞬間を、見逃さないでほしいんです。
私はそう信じて、今日も自分に言い聞かせるんですよね。

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。