「あなたがいないと困るんだよね」
退職を伝えたとき、
こう言われたことがある人、結構いると思います。
一瞬、ぐらつくんですよね。
必要とされている感じもする。
悪いことをしている気にもなる。
今辞めたら迷惑かけるな、とか。
ここで残ったほうが人としてちゃんとしてるのかな、とか。
でも、あの言葉、少し立ち止まって見たほうがいいんです。
ほんとうに自分を大事にして言っているのか。
それとも、その人が困るから言っているだけなのか。
ここ、似ているようで全然違います。
退職の引き止めって、だいたいきれいな言葉で来るんですよね。
期待してる。
ここからなのに。
君ならもっとできる。
次の評価も考えていた。
環境は整えるから。
一回考え直してみない?
言葉だけ見れば、悪くない。
むしろ温かく見える。
でも、そこに“あなたがこの先どう生きたいか”が入っていないなら、
かなり怪しい。
結局、自分の職場が回らなくなること。
採用し直す手間。
引き継ぎの面倒。
上から何か言われること。
そのへんを守りたいだけ、ということは普通にあります。
もちろん、引き止めること自体が悪いわけじゃないです。
ちゃんと話し合うのは大事です。
勢いで辞めようとしているなら、
一度整理したほうがいい場面もある。
辞めたあとに「早まったな」となる人がいるのも本当です。
でも問題は、何を目的に引き止めているかなんです。
部下の人生を見ているのか。
自分の現場を見ているのか。
ここがズレたままの引き止めって、後味がすごく悪い。
たとえば、ずっと無理していた部下がいる。
人手が足りないから抱えていた。
相談しても、「今はみんな大変だから」で流された。
評価も大きく変わらない。
それでも頑張って、やっと退職を切り出した。
その瞬間だけ急に、
「君は必要なんだ」
「本当は期待していた」
「もっと早く言ってくれたら」
となる。
いや、遅いんですよね。
その人が欲しかったのは、辞めると言った瞬間の熱い言葉じゃない。
辞める前の日々の中で、自分をちゃんと見ている感覚だったはずです。
人って不思議で、辞めると決めたあとに優しくされると、
余計に冷めることがあるんです。
今さらそれを言うのか、って。
困るのは私が辞めるからであって、
私が苦しかったことではなかったんだな、って。
あれ、かなり寂しいんですよ。
上司側にも事情はあります。
急に辞められたら困る。
現場が回らない。
残ったメンバーにも負荷がかかる。
分かります。ほんとうに分かる。
でも、その都合を“あなたのため”に
見せかけた瞬間、信頼は崩れます。
たとえば、
「正直に言うと、今のチーム状況だとかなり困る」
これはまだ誠実です。
都合を都合として出しているから。
でも、
「君のことを思って言ってる」
と言いながら、話の中身が全部チーム事情だったら、
それはちょっと違う。
大事なのは、言葉のきれいさじゃないんですよね。
何を守ろうとしているかです。
退職の場面って、その人の価値観がすごく出ます。
上司も、会社も、出る。
部下を一人の労働力として見ていたのか。
一人の人生として見ていたのか。
ここ、最後に全部出る。
だから、引き止め方ってすごく大事なんです。
いい引き止めって、残らせることをゴールにしていない。
まず、その人がなぜ辞めたいのかをちゃんと見ようとする。
何が苦しかったのか。
何がズレていたのか。
もし続けるなら、何が変わらないと無理なのか。
そこがある。
逆に雑な引き止めは、最初から答えが決まっている。
とにかく残ってほしい。
だから、説得の材料を並べる。
待遇。期待。情。未来。
でも、本人の苦しさには触れない。
触れても、軽く処理する。
「どこでも同じだよ」
「今辞めるのはもったいない」
「そんな理由で辞めるの?」
このへん、言われた側は一生忘れないです。
退職って、その人にとっては結構な決断なんですよ。
軽く言っているように見えても、かなり前から悩んでいることが多い。
何回も我慢してる。
何回も考え直してる。
その末にやっと口にしたことを、
反射で潰されると、人はもう何も言わなくなる。
これ、部下だけじゃないです。
経営者でも同じです。
幹部が辞める。
古株が抜ける。
そのとき社長が、「今抜けられると困る」だけで話す会社は、
だいたいまた同じことを繰り返します。
なぜその人がそこまで追い込まれたのか。
何を放置してきたのか。
そこを見ないからです。
抜けることを止めても、ズレは残る。
ズレが残れば、また次が出る。
でも多いんですよね。
辞めること自体を問題にして、辞めたくなる構造を見ない会社。
人が辞めた、で終わる。
その前にどれだけのサインがあったかは見ない。
相談が減っていたとか。
顔つきが変わっていたとか。
急に頑張りすぎていたとか。
そういうものは、後から全部「兆候だったね」で片づく。
もったいないです。
本当はもっと手前で気づけたかもしれないのに。
退職の話になると、どうしても残すか辞めるかの二択になりやすい。
でも、本当はその前に見ることがある。
この人はここで、ちゃんと未来を持てていたのか。
この人が苦しいとき、誰かが見ていたのか。
仕事として必要だっただけでなく、人として扱われていたのか。
ここを飛ばして引き止めると、だいたい失敗します。
仮に残っても、前みたいには戻らない。
一度、「私は都合で止められている」
と感じた人の温度はなかなか戻らないんですよね。
目的がズレるとこうなります。
本当は人を大事にしたいのに、辞められないことが目的になる。
本当は関係を守りたいのに、体制を守ることが先になる。
そうすると、言葉は優しくても、相手には圧として届く。
逆に、目的がずれない上司は、残っても辞めても、
その人の人生に敬意を払う。
もちろん本音では残ってほしい。
でも、その上で聞く。
今のままだと何が無理なのか。
もし改善できるなら何か。
それでも辞めるなら、どう送り出すか。
ここまで持てる人は強いです。
人が離れる場面って、きついんです。
上司にとっても会社にとっても。
でも、その場面ほど、その組織の本質が出る。
最後に見えるんです。
この会社は、人を資源として見ていたのか。
それとも人生として見ていたのか。
引き止められたとき、少しだけ見てほしいんです。
その言葉は、あなたを見ていますか。
それとも、その人の都合を守っていますか。
あなたがこれまで受けた引き止めは、
“あなたの未来”に向いていましたか、
それとも“その場の都合”に向いていましたか?
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。