マネージャーになってから、仕事がつまらない。
この感覚、口に出さないだけで、かなり多いです。

昇進した。
任されてもいる。
周りから見れば順調です。
なのに本人の中では、前よりしんどい。
前より面白くない。前より、自分の仕事をしている感じが薄い。
ここ、けっこうきついんですよね。

プレイヤーの頃はわかりやすかった。
自分で動く。
自分で取る。
自分でひっくり返す。
勝った、負けたも近い。
手応えがあったんです。疲れても、まだ納得できた。

マネージャーになると、それが急に遠くなる。
会議。確認。調整。相談。板挟み。
一日ずっと動いていたはずなのに、終わる頃には
「で、自分は今日、何をしたんだっけ」となる。
数字は人を通る。
成果も人を通る。
感情まで人を通る。
前に出ていた時とは、仕事の筋肉がまるで違う。

しかも、もともと仕事ができた人ほど、このしんどさにハマります。
自分でやったほうが早いからです。

部下の案件を見れば、甘いところが見える。
資料を見れば、直したいところが見える。
商談を見れば、自分なら取れると思ってしまう。
実際、その感覚は当たっていることが多い。
だから前に出る。
自分で整える。
自分で拾う。
数字も一時的には守れる。

ここで、仕事がもっとつまらなくなるんです。

肩書きだけマネージャーで、中身はプレイヤーの延長になるからです。
自分が動いて終わる。
自分が直して終わる。
自分が決めて終わる。
その形って、短期では強いです。
でも、その強さに寄りかかるほど、部下は“持たない人”になっていく。
自分もずっと忙しい。
任せたいのに任せられない。
育ってほしいのに育たない。
そのうち頭をよぎります。
向いてないのかも、が。

違うんですよね。
向いてないんじゃない。
まだ快感の置き場所が変わっていないだけです。

プレイヤーは、自分で取ると気持ちいい。
これは本能みたいなものです。
数字が立つ。
評価も見える。
自分の力が結果に直結する。
そりゃ面白いです。
一方でマネージャーの仕事は、結果が遅い。
今日言ったことが来週効く。
今かけた言葉が三か月後に返ってくる。
この遅さに慣れるまでは、正直、退屈です。
何をしているのかわからなくなる日もある。

営業の現場でよくあります。
自分なら取れる案件を、部下に任せる。
見ていると危なっかしい。
入りたくなる。
「そこじゃない」と言いたくなる。
何回も思う。
でも、そこで全部拾ったら、部下の中には何も残らない。
数字は取れても、景色が残らない。

自分の頭で見て、自分の足で越えた感じが残らない。
それでは次につながらない。

マネージャーの仕事って、ここがいちばん地味なんです。
待つ。
見守る。
問いを返す。
すぐ正解を置かない。
すぐ自分で回収しない。
やっている本人は、派手さゼロです。
むしろ、もどかしい。
自分でやったほうがどれだけ楽かと思う日もある。
ただ、その面倒の先にしか、人が立つ瞬間はないんですよね。

一回でもその瞬間を見ると、少し変わります。
部下が自分で考えて、自分で持って、自分で一つ越えた時。
あの感じです。
ああ、これか、となる。
自分が取る気持ちよさとは別の手応えがある。
誰かの中に基準ができた。
次からは、その人が自分の足で進める。
そこに仕事の意味が移っていく。

もちろん、きれいごとじゃないです。
部下は思った通りに育たない。
空気も揺れる。
数字の責任は消えない。
現場に戻って自分で全部やりたくなる日もある。
たぶん何度もあります。
それでも毎回そこに戻ると、ずっと苦しい。
役割だけ変わって、中身の勝ち方が変わらないからです。

マネージャーになると仕事がつまらなくなる。
それ自体は、わりと自然です。
前の勝ち方が通用しなくなる時期だから。
問題は、その違和感を埋めるために、昔の自分に戻り続けることです。
戻るほど、部下は持たなくなる。
自分は抜けられなくなる。
そして「管理職って面白くない」で終わってしまう。
もったいないんですよね。

マネージャーの仕事は、自分が光ることじゃない。
人が自分の足で立てるようになることです。
自分で取りに行く面白さから、誰かが取れるようになる面白さへ。
この切り替えが腹に落ちた時、仕事の見え方は変わります。

あなたが今つまらないのは、マネジメントに向いていないからですか。
それとも、自分で勝つ快感を手放しきれないまま、
次の役割に立たされているだけですか。

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。