いい人なんですよね。
ちゃんとしてる。
感じもいい。
話しやすい。
部下にもきつく当たらない。
空気も悪くしない。
こういう管理職、まわりからの印象はだいたい悪くないです。

ただ、現場でいちばん厄介なのが、この“いい人”だったりするんです。

怖いのは、乱暴な上司じゃないこともある。
怒鳴る人は、まだわかりやすい。
嫌なものは嫌だと見えるからです。
まわりも身構える。
本人も問題にされやすい。
でも、いい人の管理職は違う。
本人も悪気がない。
むしろ部下のことを考えている。
だから気づきにくい。
気づいた時には、チームがじわじわ弱っていたりする。

何が起きるのか。

言うべきことを、言わなくなるんです。

きついことを言うと嫌われるかもしれない。
今ここで強く言うと、空気が悪くなるかもしれない。
本人も頑張ってるし。
事情もあるし。
もう少し様子を見てもいいかもしれない。
この「まあ、今回は」が積もっていく。

一回くらいなら、何でもないです。
人には波があります。
調子の悪い日もある。
見逃したほうがいい場面もある。
ただ、管理職が“関係を守ること”を優先しはじめると、
チームの中で起きていることに手を入れられなくなる。
ここから空気が腐っていくんですよね。

部下はよく見ています。
上司が何を見逃すのか。
どこで曖昧にするのか。
誰に甘くて、誰に踏み込まないのか。
そこを見て、この職場の基準を学んでいきます。

できていないことがあっても、そのまま流れる。
期限を守らなくても、少し注意されるだけで終わる。
態度に問題があっても、深く触れられない。
こうなると、頑張っている人からしんどくなります。
ちゃんとやっている人ほど、空気のぬるさに気づくからです。

たとえば営業チームでもあります。
数字が足りない人がいる。
行動量も足りない。
でも、上司は強く言えない。
本人の気持ちが落ちそうだから。
関係が悪くなるのが怖いから。
結果、何が起きるか。
数字の足りない本人は変わらない。
まわりだけが「なんであれで許されるんだろう」と思い始める。
こういう時に壊れるのって、できていない本人だけじゃないんですよね。
ちゃんとやっている側の気持ちのほうです。

管理職って、好かれる仕事じゃないんです。
ここ、かなり大事です。
もちろん、嫌われろという話じゃない。
でも、好かれることを優先した瞬間に、持つべきものを持てなくなる。
基準です。
線です。
ここまではいいけど、ここからはだめ、という職場の輪郭です。

いい人の管理職は、そこを曖昧にしやすい。
優しいからじゃない。
自分が悪者になりたくないからです。
本人はそこまで思っていないかもしれない。
でも実際は、部下のためという顔をしながら、
自分が嫌な役を引き受けずに済むほうへ流れていることがある。
ここ、かなり痛いです。
でも本質です。

経営でも同じです。
人に厳しくできない社長。
いい人です。
社員思いでもある。
ただ、その“いい人”が、評価を曖昧にする。
基準をぼかす。
問題のある人にちゃんと向き合わない。

そうなると会社は静かに弱ります。
やさしい会社になるんじゃない。
ぬるい会社になる。
その違いは大きいです。

やさしさって、本来、見ないふりじゃないんですよね。
耳の痛いこともちゃんと扱うことです。
本人の機嫌を守るより、その人の未来を守ることです。
それを避けているなら、それはやさしさじゃない。
衝突から逃げているだけです。

管理職にいる人ほど、この勘違いをしやすい。
きつく言うとかわいそう。
今はタイミングじゃない。
もう少し信頼関係ができてから。
そうやって先送りしたものって、だいたいあとで大きくなります。
言いにくい時に言わなかったことは、もっと言いにくい形で返ってくる。
現場ってそういうものです。

本当に強い管理職は、冷たい人じゃないんですよね。
むしろ人のことをちゃんと見ている。
ただ、空気より基準を守る。
好かれることより、職場がちゃんと立つことを優先する。
言いにくいことも言う。
でも人格は傷つけない。
そこができるから、信頼が残る。

“いい人”で終わる管理職の下では、チームは弱くなることがあります。
言うべきことが流れるから。
基準がぼやけるから。
頑張っている人が報われなくなるからです。
管理職に必要なのは、感じの良さだけじゃない。
嫌な役を引き受ける強さです。
ここを持てる人だけが、やさしい職場じゃなく、
ちゃんと強い職場をつくれるんだと思います。

あなたは今、部下にやさしいですか。
それとも、嫌われたくなくて、言うべきことを飲み込んでいませんか。

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。