給料に文句があるのに、給料がどう決まっているかは見ていない。
ここ、かなり多いです。

少ない。
上がらない。
評価されてない気がする。
自分のほうがやってる。
あの人より背負ってる。
なのに変わらない。
そりゃ不満は出ます。
実際、理不尽な会社もあります。
安く使うことしか考えていない会社もある。
そこは本当にある。

ただ、給料への不満がずっと消えない人って、会社に怒っているようでいて、
自分がどの土俵で見られているかをあまり見ていないことがあるんですよね。

頑張ってる。
それはたぶん本当です。
しんどい仕事もやってる。
気も回してる。
空気も読んでる。
数字に出ないところも持ってる。
そこまで含めたら、
「なんでこれで上がらないんだ」と思う気持ちは自然です。

ただ、会社が給料を決める時って、「頑張ってるか」だけでは見ないんです。
もっと冷たい言い方をすると、その人が何を生んでいて、何を守っていて、
どこまで代わりがきくのかで見られている。
ここを見ないまま「自分はこんなにやってる」に寄っていくと、ずっと苦しい。

この話、嫌なんですよね。
夢がないし、あたたかくもない。
でも、現実です。

給料って、気持ちへのご褒美じゃない。
会社の中で、どんな責任を持ち、どんな結果を出し、
どこまで影響を与えているかに対して払われるものです。

頑張りが否定されるわけじゃない。
ただ、頑張っていることと、給料が上がることは、同じじゃない。

ここをごちゃっとしたまま働くと、しんどいです。
自分では相当やっている。
でも会社は、そこをそのままでは評価しない。
すると人は、だんだん「見てもらえていない」に寄っていく。
たしかに一部そういうこともある。
ただ、見てもらえていないんじゃなくて、
見られている場所が違うことも多いんですよね。

営業ならわかりやすいです。
頑張っている。
件数も回ってる。
遅くまでやってる。
空気も支えてる。
でも給料はそんなに上がらない。
一方で、件数はそこまででも、単価の高い案件を取る人がいる。
継続率を上げる人がいる。
紹介が回る流れを作る人がいる。
会社から見た時に、利益への効き方が違う。
ここを見ずに「自分のほうが頑張ってる」で止まると、
ずっと納得できない。

管理側でもあります。
自分は毎日大変。
抜けないように神経も使う。
トラブルも拾う。
現場の空気まで整えている。
その苦労、たぶん本物です。
ただ、それを会社がどう価値に置き換えて見るかは別の話です。
コストをどれだけ防いでいるのか。
どのくらい再現性があるのか。
その人がいないと何が止まるのか。
そこまで言葉になっていないと、
本人の中では「こんなにやっているのに」だけが残ってしまう。

給料への不満が深くなる人って、
ここで感情に飲まれていくんですよね。
会社は冷たい。
上は見ていない。
評価なんて適当だ。
そう感じる日もあると思います。
実際、そういう会社もあります。
ただ、その怒りだけで止まると、
自分の市場価値も、自分の伸ばし方も見えなくなる。
そこがもったいない。

給料を上げたいなら、
まず見ないといけないのは「自分がどれだけ頑張っているか」だけじゃない。
会社は何にお金を払うのか。

利益にどうつながるものに厚く払うのか。
代わりがきかない人って、どういう人なのか。
そこです。

ここを見始めると、働き方が変わります。
ただ忙しい人ではなくなる。
ただいい人でもなくなる。
気が利く、で終わらない。
自分の仕事が、どこに効いているかを考えはじめる。
売上か。
利益か。
継続か。
採用か。
組織の安定か。
その人がいなくなった時に、どこが傷むのか。
ここまで見える人は強いです。

もちろん、給料って会社だけの問題でもないです。
交渉の問題もある。
転職市場の問題もある。
業界の相場もある。
ただ、いちばん苦しいのは、自分では頑張っているのに、
何が足りないのかが見えないまま不満だけが膨らむ状態なんですよね。
ここにいると、人は腐りやすい。
口では前向きなことを言っても、心の中ではずっと引いている。
この状態、かなり危ないです。

会社が悪いこともある。
本当にある。
不当に安い。
評価が雑。
お気に入りだけ上がる。
そういう場所なら、見切る判断も必要です。
ただ、その前に一回、自分でも見ておいたほうがいい。
自分は会社の中で、何に対して給料を払われている人なのか。
そこが曖昧なまま転職しても、次でも同じことを繰り返しやすいからです。

給料に不満がある。
その時に見るべきなのは、上司の顔色でも、
他人の金額でもないんですよね。
自分が何を生んでいて、何を守っていて、
何に対して値段がついているのか。
そこを見ないまま「もっとくれ」だけになると、
しんどさは長引きます。

あなたは今、給料が低いことに苦しんでいますか。
それとも、自分の値段がどこで決まっているのかを見ないまま、
ずっと悔しさだけを抱えていませんか。

世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。