「社長がまた、ふわっとしたこと言ってましたね」
会議が終わったあと、現場でこんな空気になることがあります。
もちろん、誰も正面からは言いません。
でも、席に戻ったあとに少しだけ顔を見合わせる。
チャットで「で、結局どうします?」と誰かが聞く。
管理職だけが、資料を開いたまま黙っている。
社長が言っていることは、間違っていないんです。
もっと顧客に向き合おう。
スピード感を持とう。
一人ひとりが考えて動こう。
会社として、次のステージに行こう。
きれいな言葉です。
たぶん本気でもあります。
でも、現場からすると困ることがある。
それを明日、何に変えればいいのかが分からないんです。
社長の頭の中では、見えている景色があります。
今の市場の変化、売上の不安、顧客の温度、競合の動き、会社の未来。
いろんなものを見たうえで、「このままではまずい」と感じている。
だから言葉が出る。
「もっと顧客目線でいこう」
でも現場には、その背景が全部届いているわけではありません。
届くのは、最後に出てきた一言だけです。
そして現場は考えます。
顧客目線って、クレーム対応を丁寧にすることですか。
提案書を厚くすることですか。
返信を早めることですか。
値引きしてでも相手に合わせることですか。
同じ言葉を聞いているのに、人によって受け取り方が変わる。
ここからズレが始まります。
社長は「伝えた」と思っている。
現場は「聞いたけど、動き方が分からない」と感じている。
その間に立つ管理職は、なんとなく空気を読んで、
なんとなく丸めて、なんとなく現場に渡す。
ここが一番危ないんですよね。
言葉が悪いのではありません。
翻訳されていないことが問題なんです。
たとえば社長が「スピード感を持とう」と言う。
それをそのまま現場に流すと、ある人は確認を減らします。
ある人は残業してでも早く出そうとします。
ある人は、とりあえず急いでいる雰囲気だけを出します。
でも本当は、社長が言いたかったのは、そこじゃないかもしれない。
「判断待ちで二日止まる案件をなくしたい」
「初回返信だけは当日中に返したい」
「見積もり提出までの時間を短くしたい」
ここまで落ちると、現場は動けます。
言葉が現場の仕事に変わるからです。
中間管理職の価値は、ここにあります。
社長の言葉を、ただ下に流す人ではない。
現場の不満を、ただ上に運ぶ人でもない。
上の意図を、現場が明日動ける形にする。
現場の違和感を、社長が判断できる材料にする。
この行き来ができる人がいる会社は、強いです。
逆に、ここがない会社では、社長の言葉が毎回スローガンになります。
「顧客目線」
「主体性」
「スピード」
「挑戦」
「一体感」
聞こえはいい。
反対する人もいない。
でも、仕事はあまり変わらない。
なぜなら、誰も明日の動きに変えていないからです。
こういう時、社長は現場に対して思います。
「なんで伝わらないんだろう」
「もっと考えてほしい」
「危機感が足りない」
でも現場は現場で、こう思っています。
「何を変えればいいのか分からない」
「どこまでやっていいのか分からない」
「動いたら動いたで、あとから違うと言われそう」
どちらも嘘ではありません。
ただ、間が抜けているんです。
会社の中で本当に大事な役割は、目立たないことが多いです。
社長のように大きな方針を語るわけでもない。
現場のように手を動かして成果を出すわけでもない。
でも、その間で言葉を仕事に変える人がいる。
「社長が言っていた顧客目線って、今回で言うと初回対応の速さだと思う」
「全部を急ぐんじゃなくて、まず見積もり提出までの時間を短くしよう」
「主体性と言っても、ここまでは現場で決めていい。ここから先は相談しよう」
こういう一言があるだけで、現場の迷いは減ります。
会議で大きなことを言う人より、こういう言葉を置ける人の方が、
実は会社を前に進めていることがあります。
社長の言葉が強すぎる会社では、現場が待ちます。
社長の言葉が曖昧な会社では、現場が迷います。
そして、その間を誰もつながない会社では、管理職がただ疲れていきます。
中間管理職は板挟みだと言われます。
でも本当は、ただ挟まれるだけの役ではないんです。
上と下の間で、言葉の電圧を整える人です。
強すぎる言葉は、現場が受け取れる形にする。
薄すぎる言葉は、具体的な行動に落とす。
現場の感情は、ただの愚痴で終わらせず、経営が見直せる材料にする。
それができる人がいると、会社の中の言葉が流れ始めます。
社長も楽になります。
現場も動きやすくなります。
管理職自身も、「ただ間に入っているだけ」ではなくなります。
翻訳する人がいない会社では、言葉は上から下に落ちるだけです。
でも、翻訳する人がいる会社では、言葉が仕事になります。
そして仕事になった言葉だけが、会社を変えていくんです。
あなたの会社で最近出た社長の言葉は、現場の動きに変わっていますか。
それとも、会議室の中だけで少し立派に響いて終わっていませんか?
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。