安いものを見つけると、うれしくなります。
得した気がする。
その気持ちは、私にもよくわかります。
でも、少しだけ立ち止まってみてください。
安い靴を買う。
半年で壊れる。
また買いに行く。
また選ぶ。
気づけば、いい靴を1足買うより、お金も時間も多く使っている。
本当に失っているのは、お金ではありません。
時間です。
お金はあとから取り返せます。
時間だけは、どうやっても戻らない。
だから私は、毎日使うものには、きちんとお金をかけます。
靴、鞄、椅子、寝具。
毎日ふれるものをけちると、毎日少しずつ気分が沈みます。
その小さな沈みが、判断を鈍らせる。
逆に、たまにしか使わないものは安くていい。
すべてにお金をかける必要はありません。
どれだけ使うかで決める。
いいものを長く使う人は、買い物の回数そのものが減ります。
選ぶ手間が減る。
迷う時間が減る。
その分の時間と、心の余裕が、別のことに回っていきます。
しかも、いいものは、使うたびに気持ちを整えてくれます。
足になじんだ靴。
手にしっくりくる鞄。
座り心地のいい椅子。
道具が味方をしてくれると、1日の質そのものが上がる。
これは、値札には出てこない価値です。
高い安いは、値段だけでは決まりません。
それを、どれだけ長く、どれだけ気持ちよく使えるか。
そこまで含めて、はじめて本当の値段が見えてきます。
1年後も、そばに残っているか。
それとも、とっくに買い替えているか。
そこを思い描いてから、財布を開いてみてください。
安いものが悪いのではありません。
安さだけで選ぶことが、あとで高くつくのです。
安い、を理由に選び続けると、こういうことが起きます。
すぐ壊れて、買い直す。
使い心地が悪くて、気分が下がる。
探す時間、迷う時間が、積み重なる。
一つひとつは小さい。
でも、暮らしの土台で、静かに削られていきます。
大事なところには迷わず出す。
どうでもいいところは、思いきり削る。
この見極めができる人は、お金も時間も、きれいに残っていきます。
安さに飛びつく前に、一度だけ考えてみてください。
これを買うために、私は何を差し出しているのか。
値札だけを見ていると、いちばん大切なものを見失います。
あなたが今「安いから」と選んでいるものは、本当に得をしていますか?
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。