完璧にしてから出したい。
その気持ちは、よくわかります。
中途半端なものを出して、恥をかきたくないからです。
でも、その「完璧にしてから」が、
いちばんの足かせになることがあります。
100点を目指して、いつまでも手元で温める。
あれも足りない、これも足りないと、直し続ける。
出す頃には、時代が変わっている。
あるいは、疲れ果てて、結局出せずに終わる。
前に進む人は、60点で出します。
まず出す。
反応を見る。
足りないところを、あとから直す。
その繰り返しで、良くしていく。
ここが肝心です。
60点でも、出せば反応がもらえる。
その反応こそが、100点への近道です。
頭の中だけで磨いた100点は、
たいてい、ひとりよがりの100点で終わります。
なぜ、人は完璧を待ってしまうのか。
こわいからです。
未完成を見せたら、下に見られるのではないか。
批判されたら、傷つくのではないか。
その不安が、「まだ早い」という言葉に変わる。
でも、その不安は、出さない限り消えません。
出して、反応をもらって、直して。
そうやって初めて、自信は育ちます。
質を捨てろ、という話ではありません。
最初から完璧を狙わず、出しながら育てろ、という話です。
完璧主義は、優しい顔をした先延ばしです。
「もう少し」と言い続けて、
一生出せない人を、何人も見てきました。
出さない100点は、この世に存在しないのと同じです。
出した60点だけが、誰かに届き、育っていく。
出したあとが、本当の勝負です。
もらった反応を、素直に受け止める。
使えるところを、次に生かす。
その繰り返しで、60点は80点になっていきます。
頭の中で磨いた100点は、誰の目にも触れないまま古びる。
世に出た60点だけが、人の手を借りて育つ。
完成させてから出すのではなく、出しながら完成させるのです。
完璧を待つ気持ちの奥には、こわさがあります。
未完成を見せて、下に見られたくない。
その不安は、出さない限り、消えません。
出して、反応をもらって、直す。
そうやって、はじめて自信が育ちます。
こわさは、動いた分だけ、小さくなっていきます。
あなたが今、大事に温めているもの。
それは、60点でいいので、一度世に出してみてください。
出した人だけが、次の景色を見られます。
あなたが完璧を待っているものは、本当に完璧が必要ですか?
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。