大きな失敗はしていない。
特に問題も起きていない。
毎日、いつも通り過ぎていく。
現状維持できているなら、まあいい。
そう思っていた時期が、私にもあります。
でも、これは危ない考え方です。
世の中は、一秒も止まっていません。
技術も、常識も、お客様の好みも、どんどん変わる。
まわりが前に進んでいる中で、自分だけ同じ場所にいる。
それは、止まっているのではなく、
相対的に、後ろへ下がっているということです。
下りのエスカレーターを、逆向きに立っているようなもの。
何もしなければ、勝手に下へ運ばれる。
その場にとどまるだけでも、歩き続けなければならない。
足を止めた瞬間、下がり始める。
だから、「現状維持でいい」が、いちばん危ない。
守っているつもりで、取り残されている。
しかも、後退は、静かに進みます。
ある日突然、崖から落ちるわけではない。
毎日ほんの少しずつ、気づかないうちに下がっていく。
だから、気づいたときには、
まわりとの差が、大きく開いています。
私は、うまくいっているときほど、次の手を考えます。
調子がいい今だからこそ、思いきって変える余裕がある。
追い込まれてからでは、いい手は打てません。
変化は、こわいものです。
慣れたやり方を手放すのは、しんどい。
でも、変わらないことのこわさは、もっと静かで、もっと深い。
まわりが進む中で、その場に立ち止まる。
気づいたときには、ずいぶん引き離されている。
余裕のあるうちに動ける人が、いちばん遠くまで行きます。
後退は、崖から落ちるようには進みません。
毎日ほんの少しずつ、気づかないうちに下がっていく。
だから、気づいたときには、もう差が開いている。
いつも通り、を疑う。
その小さな警戒が、取り残されない人をつくります。
変わるのは、こわい。
慣れたやり方を手放すのは、しんどい。
それは、よくわかります。
でも、変わらないことのほうが、ずっとこわい。
現状維持は、その場にとどまることではありません。
とどまろうとする努力そのものが、すでに前進です。
何もしなければ、維持すらできない。
同じ場所にいるつもりが、いつのまにか後ろにいる。
それに、早く気づけるかどうか。
そこが、大きな分かれ目です。
あなたの「いつも通り」は、前進ですか、後退ですか?
世の中の非常識は、華僑の常識。
華僑Jでした。