新しいことを始めようとすると、
つい、こんな言葉が出ます。
「もう歳だから」
「今さら遅い」
「若くないから、無理だ」
その気持ちは、わからなくもありません。
でも、この言葉が、いちばんもったいない。
この言葉は、自分で自分の可能性にふたをしてしまうからです。
やる前から、できない理由を用意してしまう。
よく考えてみてください。
今日という日は、これからの人生で、いちばん若い日です。
明日になれば、また一つ歳をとる。
つまり、何かを始めるなら、いつだって「今日がいちばん若い」。
これは、いくつになっても変わりません。
いくつになっても新しいことに挑戦している人を、
たくさん見てきました。
七十を過ぎて、新しい商売を始める人。
八十になって、勉強を始める人。
そういう人は、驚くほど若々しい。
目が、生き生きしています。
逆に、まだ若いのに「もう遅い」が口ぐせの人は、
どんどん老け込んでいく。
歳は、数字ではなく、心の持ちようです。
「もう歳だから」という言葉の裏には、
本当は、失敗するのがこわい、という気持ちが隠れています。
歳を理由にすれば、挑戦しなくて済む。
挑戦しなければ、失敗もしない。
だから、歳のせいにして、逃げてしまう。
でも、挑戦しない1日も、挑戦する1日も、
同じように過ぎていきます。
どうせ過ぎるなら、動いたほうがいい。
始めるのに、遅すぎることはありません。
昨日より一つ、今日できることが増える。
それだけで、人は前に進んでいます。
まわりの目は、気にしなくていい。
「今さら」と笑う人は、自分が動けないだけです。
やってみたいと思った、その気持ちのほうが、歳の数よりずっと正しい。
始めるのに、道具も、才能もいりません。
必要なのは、今日やってみる、という一歩だけ。
その一歩は、何歳でも踏み出せます。
踏み出した人から、目の色が変わっていく。
歳を重ねても老け込まない人は、みな、これを知っています。
「もう歳だから」とつぶやきそうになったら、
「今日がいちばん若い」と言い換えてみてください。
やらない理由を探すより、やれる方法を探す。
その一歩が、いくつになっても、人を若返らせます。
あなたが「もう歳だから」と諦めていることは、本当に歳のせいですか?
世の中の非常識は、華僑の常識。華僑Jでした。